最新のN-BOXに「ワクワク」しなかった理由 ―― 定年後の私が20年前のダイハツを愛するワケ

「よくできている。売れるのも納得だ」 代車で借りた最新のN-BOXに乗り、私は数分でそう独りごちた。

広い室内、軽自動車とは思えない質感、そしてスムーズな加速。

非の打ち所がない「優等生」である。しかし、ハンドルを握る私の心は、なぜか静かなままだった。

「便利」と「快感」のあいだにある、深い溝

最新のCVT(無段変速機)は、かつてのそれとは比べものにならないほど進化している。

アクセルを踏み込めば、効率よく、滑らかに速度を乗せていく。

だが、そこには常に「ワンテンポ」の遅れがある。 アクセルを踏む。エンジンの回転が上がる。そして、わずかに遅れて駆動が伝わる。

この「ラバーバンドフィール」と呼ばれるタイムラグは、効率を重視した結果の代償だ。移動の道具として見れば正解なのだろう。

しかし、私にとってのドライブは、単なる移動ではないのだ。

ミラジーノの5MTが教えてくれる「0秒の対話」

私のガレージには、20年以上前のミラジーノターボ(5MT)がある。

クラッチを繋ぎ、ギアを叩き込む。 その瞬間、私の意思は「0秒」でタイヤへと伝わり、路面を蹴り出す。

このダイレクト感、この「対話」こそが、私にとってのワクワクの正体だ。

MAX RSの4気筒が奏でる「理屈抜きの快音」

もう一台の相棒、MAX RSもそうだ。

今や絶滅した4気筒JB-DETエンジンが放つ緻密な回転フィールは、効率一辺倒の最新エンジンにはない「色気」がある。

効率は悪いかもしれない。燃費も最新型には及ばないだろう。

しかし、ハンドルを通じて伝わるエンジンの鼓動、踏んだ分だけきっちり応えてくれる素直なレスポンス。

そこに、私は「生きている実感」を覚える。

定年後、私たちが選ぶべきは「正解」か「納得」か

N-BOXを否定するつもりは毛頭ない。

あれは間違いなく、今の日本の道路における「正解」だ。

けれど、定年という一つの区切りを迎え、自分の時間を自分のために使えるようになった今、私は「正解」よりも「納得」を選びたい。

ワクワクしない優等生よりも、手間はかかるが意志が通じ合う相棒。

20年前のダイハツ2台が教えてくれるのは、そんな「自分に嘘をつかない」生き方の楽しさなのかもしれない。


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